【タイトル】
日米親善人形「青い目の人形」の話【本文】
箱根の森小学校には「青い目の人形」が2体あります。「青い目の人形」は、昭和2年にアメリカから日本に、両国間の親善を目的として贈られた人形の日本における通称です。 明治時代末期、日露戦争の終結により、中国をめぐってアメリカと日本は政治的緊張が高まっていました。また、アメリカへの日系移民大量移住による排日移民問題も加熱していました。そうした中、日米の対立を懸念したアメリカ人宣教師シドニー・ルイス・ギューリックという人が、人形を通じて日本との親善活動を行おうと考えました。近代日本の礎を築いた実業家であり、耕牧舎事業の中心人物の一人でもあった箱根町ともゆかりのある渋沢栄一氏も日米関係の悪化を憂慮していたので、ギューリック氏の提唱に共感し、人形の受け入れに尽力しました。こうした経緯があり、日本の子供に12,739体の「青い目の人形」が贈られました。贈られた人形は子供たちによって名前がつけられ、ガラスケースなどに入れられて昇降口や校長室の前に飾られていたそうです。 この「青い目の人形」は第二次世界大戦に突入すると、その大半は敵国の人形ということで、竹槍訓練の標的にされたり焼却されたりして滅失しました。人形の処分を忍びなく思った人たちの中には、人形を隠したり人形に防空頭巾を被せて日本人形にカモフラージュしたりして、「青い目の人形」を守りました。しかしながら、空襲や災害で失われたものや、寄贈された経緯を知らずに古い人形として廃棄されたものも少なくありませんでした。現存する人形は全国でわずか334体しかありません。 神奈川県には166体が寄贈され、12体が現存しています。その12体のうちの2体が、この箱根の森小学校にあるのです。人形の名前は「エミリー」と「マリールー」、それぞれ旧・宮城野小学校、旧・温泉小学校に贈られたものです。近隣では小田原市立三の丸小学校にもあります。 来校の際は、温かく優しい心をもって平和を願った小さな運動に思いを馳せながら「青い目の人形」をご覧ください。児童昇降口前のガラス扉の陳列棚で「エミリー」と「マリールー」がお待ちしていますよ。(8/8)【添付ファイル】
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