【タイトル】
研究授業に向かう道のり【本文】
昨日、県央のある市立小学校で教頭をしている知り合いから連絡がありました。「うちの学校で学級崩壊したクラスが出て、担任が療養休暇に入り、代わりの先生がなかなか見つからないので、自分が学級担任を兼ねている。担任の仕事が終わってから教頭の仕事をするので、毎日帰るのがとても遅くなっている」という内容の嘆きを聞きました。 その教頭先生は私がかつて県立総合教育センターに勤務していた頃、初任研の講師を依頼したことがある優れた授業力のある先生でした。話を聞いていくと、教頭先生が担任になってからそんなに日が経たないうちに子供たちは落ち着いてくれたとのことでした。見ていないのでよく分かりませんが、子供たちが落ち着いた理由はおそらく授業です。毎日楽しく分かりやすく、飽きない授業によって、子供たちが学ぶ意欲を取り戻したことは容易に想像できました。やっぱり授業は命です。 授業と言えば、学校ではそれぞれに校内研究に取り組んでおり、先生方が年に一回は授業公開し研究協議を行っています。私が若いころは単級の学校だと年に3~4回は授業を公開しなくてはならず、年がら年中研究授業の準備をしていたことを思い出します。この研究授業は教師にとってかなりのプレッシャーなのですが、授業力を高めるには絶好の機会となります。ですので、できるだけ早くから教科・単元・本時を決め、何か月も先の子供たちをイメージして、日々スモールステップをふんで子供たちを育てていくことが大切です。私も30代を越えてからは若手に提案性のある授業を提供することが大切と考え、4月当初から研究授業の構想を練っていました。研究授業は特別な授業であり、教師が確実に評価される授業なのです。でも、たいていは失敗が多く、課題が山積みとなります。その出された課題が自分の授業力向上のポイントとなりますので、評価されることはとても大事です。 私は冒頭で紹介した教頭先生の学級担任時代の研究授業を見たことがあるのですが、今でもその授業を鮮明に覚えています。その頃先生はまだ30代前半でした。5年生国語科の物語文の読み深めの授業でしたが、先生はほとんど喋らず、子供たちが自分たちでどんどん話合いを進めていました。初任研を受講した先生方も授業のVTRを「どうしたら、子供たちがこんなに話せるようになるのだろう」と、食い入るようにみていました。そして、先生の講話の中で、「初任研の講師の依頼があったときから、今日先生方に見せる授業をイメージして、日々の授業で子供たちを育ててきた」という言葉がありました。 来年度、本校では教科を国語と算数に絞って研究授業を行うことを決めました。本校はキャリアの浅い先生、よい意味でいえば伸び盛りの先生が多い布陣となっています。互いに学び合う環境がありますので、今年度以上に早めに計画を立てて取り組めるといいなと思います。 最後に余談ですが、指導主事時代に感じたことです(完全に主観です)。「そこそこいい授業」になる学級では、教室に一歩足を踏み入れた時に感じる「授業の始まりを待つ」雰囲気や状況が少し違います。それは様々ですが、例えば「教師と子供が研究授業ということを意識して、勝負が始まるという緊張感をもっている」「子供たちが『自分たちの成長を見せてやる』とワクワクしている」「すでに前時に示されていたテーマについての話し合いがあちこちで始まっている」「子供たちがノートや前時までの掲示物を見直している」などのときは、結構いい授業になります。反対に、「誰かがトイレや遊びから帰ってきていない」「先生が『今日は後ろにたくさん先生方が見に来ているから頑張って』とか『緊張しないで普段通りやろう』などと言っている」「子供たちの机上が雑然としている」「黒板がきたない」「先生だけがやたら緊張している」「先生が冗談を言うなど、子供たちをリラックスさせようとしている(先生がやたらに喋っている)」というようなときは、期待していたような授業になっていかないケースが多いです(あくまでも主観ですが)。なぜなのでしょうね。【添付ファイル】
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